遺産の範囲1

1 意義

(1)遺産の範囲を定める時期→遺産分割時(実務)

(2)遺産の帰属をめぐる争い
○審判でなく訴訟によります
○給付訴訟(たとえば引渡訴訟)でなく確認訴訟
(たとえば遺産確認の訴え→共同相続人全員が当事者(原告・被告)となります―判例)

2 遺産分割の対象となる財産の範囲
※遺産(相続財産)≠遺産分割の対象となる遺産の範囲(遺産分割の前提問題)

(1)不動産→遺産となります。分割手続きが必要です。

(2)不動産賃借権→不可分債権であり、準共有。遺産分割手続きが必要となります。
※相続による賃借権の移転は、賃貸人の承諾(民法612条)は不要。
※賃料債務(不可分債務)は、貸主は共同相続人1人に対し全額請求できます(民法430条)

(3)金銭債権その他可分債権
①預貯金等の可分債権については、遺産分割を待つまでもなく、相続開始とともに当然分割され、各相続人に法定相続分に応じて帰属します。法定相続分に相当する部分の払戻を請求できます(判例)。

②銀行実務
→遺産分割協議書などの提出が必要となります。理由はトラブル防止のため。
裁判例→遺産分割協議の対象に含めることについての合意が成立する余地がある間は、その帰属が未確定であることを理由に銀行は請求を拒否できます。
正当な理由ある場合、履行遅滞責任(解除・遅延損害金)が生じません。
※金融機関の履行遅滞責任→遅延損害金(特約なき限り年5分・民法419条1項(約定利率か、ないとき法定利率)、法定利率 民法404条 cf民法416条)

(4)現金→遺産分割の対象となります。
保管している相続人に対し相続分に相当する金銭の支払いを請求できません(判例)。

(5)損害賠償請求権
①可分な金銭債権であり、遺産分割協議を要しません。

ただ実務上は、相続人全員の合意あれば、遺産分割の対象にできます。
ex交通死亡事故損害賠償請求権
正当な理由ある場合、履行遅滞責任(解除・遅延損害金)が生じません。
交通事故死亡損害賠償=逸失利益+慰謝料+その他、から構成されます。
逸失利益と慰謝料は被相続人に生じたものを相続人が相続するという相続構(判例)。
しかし、「遺族」には固有の扶養請求権の侵害や固有の慰謝料請求権も生じます(たとえば民法711条参照)。これは、遺族固有のものであり、遺産分割はもちろん相続放棄(915条1項)の対象になりません。

相続構成の場合は遺産の範囲に含まれますが、遺族固有の権利の構成によれば、遺産の範囲に含まれません(損害賠償の2面性がある)。 ただし金額については相続構成により算定されたものよりも通常は低額となります。

(6)旧郵便局の定額郵便貯金
①遺産分割の対象になるか。
②平成19年10月1日より前に預け入れられた定額郵便貯金は、法定相続分に応じ当然分割されず、遺産分割の対象となります。ただし、旧郵便貯金法57条1項により、預け入れから10年たつと、通常預金となります。前述2(3)参照。
理由:旧郵便貯金法7条1項3号により分割払戻ができないとされ、その契約上の制限を、相続人は当然承継します。
裁判例:他の可分債権とは異なり、実質的に遺産の準共有と同様な状態。共有状態解消の手続きである遺産分割の対象になります。

(7)生命保険金
①保険契約者が自己を被保険者とし、相続人中の特定の者を保険金受取人と指定。
→指定された特定の者が、固有の権利として保険金請求権を取得します。遺産分割の対象になりません。
cf受取人を被保険者としていた場合→相続財産となります。

②保険契約者が自己を被保険者とし、受取人を単に「被保険者又はその死亡の場合はその相続人」と約定。
→右相続人の固有の財産となります。
理由:相続人たるべき者個人を受取人として特に指定した契約として有効(判例)。

③保険契約者が自己を被保険者とし、受取人を指定しない。
→保険約款及び法律(保険法等)によります。
約款に「被保険者の相続人に支払います」→受取人を相続人と指定したことと同じ。相続人の固有の権利。

④保険契約者が被保険者及び保険金受取人の資格を兼ねる場合。
→保険事故による場合、保険金請求権は相続人固有財産となります。cf満期保険金
理由:保険契約者の意思を合理的に解釈。相続人を受取人とする黙示の意思表示。

⑤第三者が被相続人を被保険者及び受取人として保険契約を締結。
→受取人(被相続人)の相続人の固有財産。
理由:相続人を受取人とする黙示の意思表示があったと推定。
※固有財産の場合、相続放棄の適用なし。受け取っても単純承認もありません。
※保険金請求権(生保・損保)は約款で3年の消滅時効にかかるので注意。
※生命保険金と特別受益(903条)→原則当たらないが、特段の事情あれば類推。
※生命保険金(被保険者が保険料負担)・死亡退職金は相続税がかかります。cf損保

(8)死亡退職金
ポイント:職員の収入に依拠していた遺族の生活保障―自己固有の権利構成へ。
①→具体的事案を勘案し個別的に遺産性を検討します(実務)。
退職金支払規程 有→支給基準・受給権者の範囲又は順位の規定で遺産性を検討。
無→従来の支払慣行や支給の経緯等

②国家公務員の死亡退職手当
→受給者固有の権利で、遺産ではありません。遺族の生活保障を目的とする権利だからです。
理由:国家公務員退職手当法2条の2は、受給者の範囲を「遺族」とします。受給権者の範囲及び順位(原則1号~4号の順)を法定している。 遺族とは、1号:配偶者(事実婚含む)2号:子、父母、孫、祖父母兄弟姉妹(収入で生計) 3号:以外の親族(収入で生計)  4号:2号以外の~

③地方公務員である県学校職員の退職手当
→職員の給与手当は、条例主義を原則とします。地方公務員法・地方自治法より授権。
千葉県:千葉県市町村職員退職手当条例があります。同法11条1項によると国家公務員退職手当法上記1号~4号までと同様の内容を定めています。
→遺産性が否定。

④私立の学校法人の職員の退職死亡手当
→判例事案:退職金規程6条―私立学校教職員共済組合法25条を準用―国家公務員共済組合法2条(遺族の範囲)43条を準用→民法の相続とは別で遺産性否定。
遺族:組合員又は組合員であつた者の配偶者、子、父母、孫及び祖父母で、組合員又は組合員であつた者の死亡の当時~その者によって生計を維持していたものをいいます。

⑤特殊法人の職員の死亡退職金
→判例事案:~貿易振興会の職員の退職手当に関する規程2条・8条。
民法(受給権者の範囲及び順位について相続人順位決定の原則)とは著しく異なり、別の立場で受給権者を定めている―遺族の生活保障の権利。受給権者固有の権利であり、遺産でありません。

⑥死亡退職金支給規程がない財団法人→死亡退職金を財団法人が決定し支払。
→遺産性否定。

(9)遺族給付(遺族年金など)
→遺族固有の権利であり、遺産でありません。共同相続人の共有財産となります。
理由:厚生年金法等で受給権の範囲及び順位が民法とは異なりまた受給権の消滅事由や支払停止事由がありことに照らし、遺族の生活保障を目的とする権利。

(10)代償財産(遺産の売却代金、損害賠償請求権など)
※遺産は共同相続人全員の合意があれば遺産分割前に処分できます。

→共同相続人が各持分に応じて債権を個々に分割取得する(判例)
代償財産は相続財産ではなく、固有の権利であって、原則として遺産分割の対象でないので。
理由:遺産分割の対象を定める基準時を、遺産分割時とするので。
ただし実務は、当事者全員の合意があれば、遺産分割の対象としています。

→遺産分割終了を待つまでもなく、第三者に代償財産を引渡請求できます(相続人の代表者が処分し保管している場合は、ex民法646条 受任者による受取物引渡義務)
※合意なく処分したら→不法行為による損害賠償請求権を他の相続人は取得。

(11)遺産から生じた果実及び収益(相続開始後の賃料・利息・配当金など)
→判例は、遺産とは別個の共有財産。
理由:遺産共有となった財産を共同相続人が、相続開始後に使用管理して取得されるものであるから。

また、遺産分割の遡及効(909条本文)の影響を受けません。
理由:そもそも遺産の範囲でなく、相続分に応じて単独分割債権となります。
裁判例→争いがあれば、果実の分割は原則民事訴訟手続きによります。
しかし、相続財産と一括して分割の対象とし、当事者間の合意がある限り、遺産分割の対象とできます。

※共同相続人全員により賃料支払用口座が開設されていない場合→供託(民法494条)
※賃貸物件の遺産分割後の賃料は、賃貸物件を取得した人に帰属します(賃貸人たる地位の移転は、原則所有権に付随して移転するから)
※賃貸人たる地位を主張(ex賃料請求)するには、所有権の移転登記が必要(判例)。